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【質問 No. 24234】 比較級について ken 2024-02-28 05:21:58
 質問させて頂きたいです。

1. He is taller than I am. のような例文は、学校でたくさん見てきたのですが、
2. He is a taller man than I am. というように、書くことはできますでしょうか。

 形容詞の比較級の次に名詞を持ってきて、その後に than を置くのが、文法的におかしくないのかどうか、を教えていただきたいと思います。中学校で、比較級といえば、「比較級+than」ばかり練習した記憶があり、比較級の次に名詞があっても、正しいのか疑問に思い、質問させて頂きました。


【回答】
 2. の「比較表現」では、a taller man といった「名詞」に比較級をつけた形があり得るか、どうか、というご質問ですが、A whale is no more a fish than a horse is (a fish). という例からも分かるように、正しい比較表現となり得るのです。問題は、ありません。


【質問 No. 24233】 A road is building. について PataPata 2024-02-27 18:39:21
 こんばんは。3年ぶりに、質問をさせていただきたいと思います。早いもので、大学4年になりました。どうぞよろしくお願いします。

1.  It has been hard to concentrate on my studies lately because a road (     ) in front of my house.
 @ is being built. A is building. B has built. C builds

 高校英文法で素直に考えれば、空所は @ であることはすぐにわかるのですが、A では、ダメなのか、というお話です。 build を「自動詞」と見れば、正解にできそうなのですが、どうでしょうか?

2. The ship is building at this shipyard. 「その船は、この造船所で、建設中だ」
 
 この場合は、build が「自動詞」として使われており、以下の URL にありました。
 (https://eow.alc.co.jp/search?q=build) 

 以上、1. と、 2. について、先生のご意見を、お聞かせください。


【回答】
 動詞 build を、「自動詞」として、The house <is building>. 「その家は、建築中である」という文は、「ジーニアス英和」などにも載っており、可能な言い方ではありますが、“やや古風” という但し書きがついております。Google 検索でも、この種の文を “不可” として、The house <is being built>. の構文を勧めています。したがって、私としても、現代英語の立場から、The house is being built. の方を、より適切としております。

 しかしながら、この言い方も、機械的で、不自然なニュアンスが感じられ、「ジーニアス英和」などが勧めている、The house is under construction. または、The house is going up. あるいは、They are building the house now. などが、より英語の慣用に合っていると思われます。なお、入試などの問題としてみると、2つの「可能な」言い方が、選択肢の中に入っていることは、如何なものか、と心配です。



【質問 No. 24232】 訳し方について ds 2024-02-27 07:13:15
 連続で、質問失礼します。

 Scholars are confident that there was more to his paintings than <met>(→meet) the eye. Including the 14 sunflowers. Which are said to represent, Theo, Gauguin, and the 12 apostles.

 こちらの文の Including の訳し方が分かりません。「~ を含めて」と訳すと、全体として、変な感じがしてしまいます。


【回答】
 ご質問の英文の意味は、「学者たちは、彼の絵には、目には見えないものがあったのだ、と確信しています。それは、ひまわりの花が14本(とする話)を含めてのことです。このことは、ゴッフォの弟テオや、ゴーギャン、それに(聖書に出てくる)12使徒(の話)についても、代表して、言えることなのです」ということで、Including the 14 sunflowers. は、前の文の続きなのですが、強調として、切り離しているのです。


【質問 No. 24231】 和訳について dwsxz 2024-02-27 06:35:35
 There's a theory that for Van Gogh the numbers 14 and 15 have the same meaning. In a letter to his brother Theo, Van Gogh wrote that one <if>(→of) his paintings with 15 flowers actually had 14.

 こちらの文の2行目なのですが、解答には、「弟テオへの手紙に、15本のひまわりの絵を14本だ」と書いた
とあるのですが、この if の使い方がよくわかりません。教えていただけますと、幸いです


【回答】
 ご質問の英文の意味は、「ヴァン・ゴッフォにとって、14と15は、同じ意味だ、という説があります。(それが証拠に)彼が、弟テオに書いた手紙では、ヴァン・ゴッフォは、15本の花を描いた、彼の絵の一つには、実際には、14本の花しかなかったからです」ということで、ご質問の if は、of のミスプリなのです。


【質問 No. 24230】 現在完了は、過去形に対して、背景的理由になるか? ムツ 2024-02-27 06:18:11
 いつもお世話になっております。以下の文は「目を見て話すよりも、目をそらした方が説得できる」ことを主張する文章の一部になります。文中の their は、「目をそらした方が、反対している意見に対して賛成しやすいことを示したデータ」のことを指しています。
 この文章において、第1文目のthat節内は、「過去形」が用いられていますが、第2文目の主節で「現在完了形」が用いられています。今回の質問は、第2文目は、第1文目の前提・根拠になっているか、というものです。すなわち、第2文目を、第1文目の理由のように読んで「&#160; ミンソンが言うには、彼女もチェンも、完全に彼らの結果に驚いている訳ではなかった。なぜなら、動物の習性を研究している人々が証明したところによると、「犬のような多くの種族は他の種族を見つめ、それから攻撃することによってコントロールするからだ」と読むのは有りなのでしょうか? どうにも「証明された」から、「驚かなかった」という因果関係が見えるのですが、そうだとするなら、この読みを根拠づける文法的理由は、何でしょうか? これに関連して、現在完了(の結果用法)は、しばしばその後に現在形で表される事象の理由の根拠・理由となる含みを持ちますが、過去形に対しても同じ含みを持つことは、あるのでしょうか? お答えいただけますと幸いです。よろしくお願いします。

 Minson says that she and Chen weren't totally surprised by their results. Those who study animal behavior have proved that many species, like dogs, control others by staring them down and then attacking. "The intuition that drove our research was that when someone disagrees with you and they look you in the eye in a prolonged, direct manner, it gives you the feeling of someone trying to dominate you," says Minson."Our reaction may be instinctive."


【回答】
 ご質問は、非常に込み入っていて、理解するのが難しいですが、この原文を検索した結果では、Minson と Chen という2人の共同研究者は、犬の観察から得られる結果、すなわち、犬は、相手の目を見て攻撃すること、を示した観察は、必ずしも、人間の「アイコンタクト」の証拠にはならない、ということを証明しようとしていることが、わかりました。しかし、そのことは、引用された部分だけからでは、分かりかねます。ただ一つ、ヒントになる点は、第一文の「過去形」は、自分たちの研究結果には、あまり驚かなかった、と過去形で言っていることは、次の「現在完了形」で述べられた「犬の観察」に賛成しているわけでないことを表してはいるのですが、それだけでは、原因・結果といった「結論」を、導き出す根拠として、伝わってはきません。時制の形からでは、解決できない問題だ、と思います。


【質問 No. 24229】 believe の目的語について 佐藤寛太 2024-02-26 16:32:09
 People can hardly believe what James said such a thing.

 上の文の「誤りを訂正する問題」について、質問ですが、この問題の「解答」は、what → that でした。これは理解できます。ここで質問なのですが、この文で、「人々は、なぜ、ジェームズがそのようなことをいったのか、信じられなかった」という意味で、 what → why にすることは可能でしょうか?



【回答】
 ご質問は、what を why に変えることも、可能か、というものですが、これも「可能」です。


【質問 No. 24228】 rather A than B について(追加質問) ハヤト 2024-02-26 16:25:05
 rather A than B は、「B よりも A の方が好ましいので、あるいは適しているので 、B の代わりに、A を選択する」というニュアンスがあるため、@ He is bashful rather than unsociable. 「彼は、人付き合いが悪いというより、内気なのだ)は、「不可」と、あるサイトにありました。   (http://www1.odn.ne.jp/xenom/douihyougen.box/kaisetsu67.html)

 A She is a singer rather than an actress. は、可能なのに、違いがわかりません。「不可」の方は、「性格は、He が選んでいるわけではないから、と言い、可可の方は、職業は、She が自身で、どちらが自分に適しているか、好ましいか、で判断して選択しているから、としています。こういうことでしょうか?


【回答】
 前回の回答でも、言いましたように、ネイティブスピーカーの間でも、意見が分かれるところです。「ロングマン英語辞典」には、以下のように、rather than による比較の対象は、次のように、動詞であったり、名詞であったり、しているので、形容詞が「不可」ということは、ないと思います。現に、「ジーニアス英和」には、A, B は、文法上同等のもので、名詞・形容詞・動詞(句、節)など(が使える)、とあります。
1. Rather than <fly> directly to LA, why not stop in San Francisco first?
2. Bryson decided to <quit> rather than <accept> the new rules.
3. I prefer cooking with <olive oil> rather than <butter>.



【質問 No. 24227】 more A than B と、rather A than B の違いについて ハヤト 2024-02-26 15:46:07
 先日、A rather than B について、質問させていただきました。

@ まず、一つ目の質問なのですが、more A than B と、rather A than B の違いは、何でしょうか。先日の質問から、rather A than B は、「A と B を比べて、B よりも、むしろ A を選ぶ」、もしくは、「B ではなくて、A」という意味ですが、これは more A than B も、同じだと思っています。

 調べてみると、rather の方が more よりも断定性・主張が強い、と書いてあるものがありました。他にも何かあれば教えてください。

 考えたもの: rather A than B では、A や B に「動詞」が入るが、more A than B では、入らない?
 
A 次に、「(俳優も歌手の仕事も、どちらもしているが)、どちらかといえば、彼は歌手だ」という場合、使い分けはどうなるのでしょうか。 
a. He is a singer rather than an actor. (彼の職業は、俳優よりも歌手である、と断言している?)
b. He is more a singer than an actor. (彼の職業を言うなら、俳優というよりは、むしろ歌手だろう、というように控えめに言っている?)


【回答】
 最初に基本的なことを言いますと、言語(言葉)というものは、数学のように、寸分違(たが)わず、1 か、2 という風に、峻別されるものではなく、人や、地域の方言によって、全く同じもを指す場合と、微妙にズレている場合があり、使う人の好みや、癖があるので、これとあれは、どう違うか、と聞かれても、答えに窮することが多いものです。

 ですから、A rather than B という人と、A more than B という人がいたとしても、意味が異なることもあり、全く同じ状況を指す場合もあるのです。したがって、これらの違いについて、口角沫(あわ)を飛ばして議論したところで、「骨折り損の、くたびれ儲け」という結果になりかねません。ご質問は、まさに、この場合に当たるのではないでしょうか? 時には、素直に受け入れる態度も、大切のように、思われますが、如何でしょうか? 



【質問 No. 24225】 「質問 No. 24224」への追加質問 zoro 2024-02-26 13:00:53
 「質問 No. 24224」について、追加の質問があります。

1. I’ll also grant that so long as other people’s children read comics we have scant hope, and perhaps less right, to keep our own from doing so.
 
 Without conscience. I’ll also grant that so long as(接続詞) other people’s children read comics (that) we have scant hope, and perhaps less right, (to keep our own from doing so)(副詞句).

(私訳)「私達が、わずかな望みと、恐らく、少ない権利を持つ漫画」 We have の部分の文法がわかりません。scant hope の前に with が必要ではありませんか?
 
2. It would be unfair for us to deny to our children what is now a group experience and, (when they have grown up), will have become a group memory of their generation.

(私訳)「私達にとって、子供達を否定するのは、フェアではありません。今や、グループの経験として知られることを、そして、彼らの世代の共有の記憶となる」

 訳が、ぐちゃぐちゃになるのですが、全体の文法の解釈を、知りたいです。

 よろしくお願い致します。


【回答】
1. の意味は、「私は、また、他人の子供が漫画を読んでいる限り、私たちは、自分たちの子供に漫画を読ませないという、恐らく正しくないが、僅かな希望を持っている、ということを認めます」ということで、so long as other people's children read comics までが、I'll also grant that 以降の「従属節」で、comics の後にコンマを補って、we have scant hope 以下が主節になっているのです。comics の後に、仰るような that は、省略されていません。

2. の意味は、「今では、集団的経験となっているもの(=漫画を読むこと)で、子供たちが大人になった時、彼らの世代の集団的記憶となるものを、私たちの子供達から、取り上げてしまうということは、不公正であるということになるでしょう」ということで、関係代名詞 what には、is now a grooup experience と、will have become ... という、2つの関係節が存在するのです。しかし、and と、when they have grown up の後の will have become ... という2つ目の関係節の間にコンマがあるので、will have become の主語が、what であることに気づくことを邪魔しているのです。



【質問 No. 24224】 Without conscience. について zoro 2024-02-26 06:43:30
 Without conscience. I’ll also grant that so long as other people’s children read comics we have scant hope, and perhaps less right, to keep our own from doing so. It would be unfair for us to deny to our children what is now a group experience and, when they have grown up, will have become a group memory of their generation.

(私訳)「良心もなく、私はまた、他の人達の子供たちが、漫画を読む限りはそれを認めるだろう」

 Without conscience. I’ll also grant that so (as) long as (other people’s children's reading comics) we have scant hope, and perhaps less right, to keep our own from doing so. It would be unfair for us to deny to our children what is now a group experience and, when they have grown up, will have become a group memory of their generation. という文法なのかな、と思ったのですが、それでも、おかしいかと思われます。to keep の to も、どこから繋がっているのか、わかりません。

 ご回答、お願い致します。


【回答】
 ご質問の without conscience という言葉は、前の文に続く修飾語で、次の I'll also grant that ... とは、無関係なのです。つまり、Then -- yes, I’ll confess it -- then I do resort to comics. Without shame. Without conscience. 「そこで、私は、白状します、私も漫画に頼ることがあるのです。恥もなく、良心の呵責もなしにです」ということなのです。ですから、without conscience などの副詞句を、無理やり次の文に繋ごうとした zoro さんの努力は、無駄になっているのです。


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